雑貨が大好き

 
街を歩いていると、光る「雑貨」に遭遇する。
私を買って、買って!」パワーが、こちらにまで届くのだ。
あるときは「鳥かご」、あるときは「壷」
またあるときは「スコップ」
そのときの勢いで買った雑貨は、不思議なことに飽きない。
季節ごとに、飾り方を変えたりして、楽しむ。
また、無料の雑貨屋さん、もある。
松ぼっくり、木の枝、葉っぱ、石、貝殻、などだ。
子供と一緒に、拾ったりしても楽しい。
 
暮らしのなかでの、「こまごまとした」雑貨。
彼らはいつも、名脇役で、インテリアの雰囲気を
盛り上げ、住む人の気持ちをやわらげる。
 

 
ミニベンチ、蓋つきかご、ともに100円
(ダイソー) (ポピア)

↑ワイヤー製手付きかご、(白)300円(アピタ)

私の両親の世代は、「雑貨が好き」なんて主婦はあんまりいなかっただろう。

「街のおしゃれな雑貨屋さん」なんてなかったし、
そんなものにお金を費やす、なんて考えられなかっただろう。
家の中は掃除するけれど、
「今年のインテリア雑貨はどうしよう?」
なんてトコまではいかない。
私の小さい頃の、
「家のなかでの飾り物」といえば、テレビの上の置物。
それも、「九州旅行のお土産の博多人形」や、
「秋田のこけし」、「どこぞのおばさんの手つくり人形」
などが、無造作に置かれているだけ。
(たばこの空き箱でこしらえた、傘、なんかもあったな(笑))
色の統一感など、おかまいなし。
ただあるものを置く。
コタツカバーやカーテンも、消耗がかなり激しくなるまで変えない。
父も母も、祖母も「実用第一」主義だった。
「飾る」という意識は、「生け花」か、「もらいものの置物」
そして、「誰かの賞状」くらいだ。
 
おばあちゃんが生きていたら、「雑貨屋さん」が流行っているなんて、
夢にもおもわなかっただろうな。
 
 
 
 
私の雑貨デビュー(?)は、なんだったか考えてみた。
小学校の時は、「サンリオのキティちゃん」に目覚め、
身のまわりなんでもかんでも「ファンシー」だった。
いちご新聞のカレンダーやポスターを、壁に貼った。
お気に入りは、キティちゃんのちいさな引き出しだったと思う。
そして、文具からバックからお菓子(おまけ狙い)まで、
甘い甘い香りが漂う「キティちゃんやマイメロディ」
に溢れていて、それでもなお、
「もっともっと、可愛いものに囲まれたぁ〜〜〜〜い!」
と願っていたはずだ。
それが、何故だろう?
大人になったら、もうそんなファンシーへの固執は
ぱたっと消えてしまった。
でもでも、、おかしなことに、結局、
今でも、おなじようなセリフを心の中でつぶやいてしまうのだ。
「もっと、もっと、可愛い雑貨がほし〜〜〜い!」
つまり、現在「可愛い」と思っているもの。。が、変わってしまったのだ。
かご、ブリキ、アイアン使いの小物、美しい絵葉書、などなど、、、
私は、雑貨屋さんで立ち止まって、うっとりとつぶやく。
「きゃーこれ、かわい〜〜〜〜い!」(笑)
 

ガラスを籠でくるんだ壷、7500円(アクタス)
ブリキのじょうろ、1500円(アミング)

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