日々つねづね・・・・・・(2007年3月)
今年の子供歌舞伎は中町さん。 |
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一昨年の西町のメンバーで、稽古の陣中見舞いに伺った。 |
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4月16、17日とお祭りだから、稽古も追い込みだ。 |
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小松からいらっしゃる師匠は、相変わらずお元気で安心した。 |
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子供達も一生懸命頑張っている。 |
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和室の隅には、ストーブの上のやかんがしゅんしゅんと言っている。 |
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子供の母達の見守る姿。 |
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たたみに衣擦れの音と、セリフと、師匠の指導の声が響く。 |
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振りをチェックしながら、師匠は姫役になったり男役になったり・・・ |
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私達西町の母メンバーはきっと同じことを考えているはずだ。 |
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一昨年の自分達を思い出す・・・・って |
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春休み、朝、昼、晩と稽古をして、休みもなかった。 |
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子供達が喉を痛めたり、風邪をひくと急いで病院に連れて行き、短い昼休み、子供に何を食べさせようか毎日考えた。 |
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子供達は休みのない春休み、ストレスを抱える。それは師匠も同じだった。 |
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師匠は、春休み中ばから後半、一度爆発する。母達も、気分が・・どかーんと落ちる。 |
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しかし、その後、子供達の演技に奇跡のように磨きがかかって、いきなり完成する。 |
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子供歌舞伎とは神様にお見せするお芝居だと、師匠がおっしゃっていた。 |
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子供達の努力も、師匠の指導も素晴らしいけど、もしかして神様が見守っているから?なんて思うのだった。
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ミスタービビンバ。 |
富山市ファボーレに午後から買い物に行った。 |
休憩にアイスクリームを食べることになり、フードコートに座る。 |
しかし、息子がある看板を見て目を輝かせた。 |
そのショップの名前は、ミスタービビンバ。 |
「カルビ石焼ビビンバ」の写真に釘付けだ。 |
「ママ〜ビビンバ食べたい」 |
ちらっと時計を見るとまだ3時。 |
おやつにビビンバ?ハードだ。 |
娘は「私は夜、家でビビンバを食べたい」と言う。 |
え〜時間をそろえてほしいよ・・・・ |
だけど息子の頭の中には、もう、今食べるビビンバしかないようだ。 |
仕方なく一人前のビビンバを注文した。四角いお盆に、色とりどりな具が乗ったビビンバが・・熱い・・・ |
やけどしそうな石の器。スプーンでがしがしとご飯やナムルをかき混ぜる。卵がすぐ濃い黄色になる。香ばしい香り・・・ |
結局・・・3人でつつきあった。水を大量に飲みながら・・結構辛いのだ。 |
最後のほうは、ご飯もカリカリになって、私達のお口もぴりっと・・・なっていた。 |
ミスタービビンバ・・・辛口なおやつをありがとう。 |
2007年3月29日・・・・ |
ウエストパーク。 |
ぽかぽか陽気なので、午前10時半頃息子と出掛けた。 |
暖かな広い芝生に立っていたら、誰かに電話したくなって、数人の友人を誘ってみた。 |
Rちゃんと長男、長女が来てくれた。 |
三人で走り回っている。 |
息子が、さかんにつくしを取ってきてくれた。 |
日を浴びて、充実した午前だった。 |
そして、たまたま午後からもウエストパークに出掛けた。 |
今日から、放課後児童教室のお手伝いがあり、数人の子供達に付き添っていったのだ。 |
2人の男の子が、私に椿の花を取ってきてくれた。 |
もちろん、花をむしるのは駄目だと分かっているから、落ちた花だけれど・・・ |
彼らは、落ちた花の中から、丸いもの、綺麗な色のもの、選別していた。 |
探しだしては、宝物のように私の手のひらに乗せてくれる |
落ちたばかりであろう、椿の花はなんて綺麗なピンクなんだろう。 |
壊したくなくて、ずっと手に持って歩く。 |
花びらは柔らかく、丸みが愛らしい。 |
つくしを摘んだり、花を拾ったり、私も子供の頃よくしてたなぁ・・・と思った。 |
2007年3月28日・・・・ |
平和町東・・・交差点。 |
この交差点を何度も車で通らされるのにはわけがある。 |
最近、信号がついた。 |
発光ダイオードの新しい信号は、その時はまだ工事中だった。 |
信号好きの息子はずっと、その信号が点灯するのを楽しみにしていたのだ。 |
三月半ばに入って、その信号は点滅を始めた。 |
黄色と赤。 |
息子は興奮している。いつ、いつ、赤青黄色に点灯するのかということに。 |
その交差点の近くのTさんちにお邪魔した。 |
Tさんにそのことを話すと、もし点灯したらメールをくれるという。おじいさんにも聞いておいてくれると言う。 |
そして・・・・・・幼稚園の終了式も終わった22日の夕方。 |
Tさんからメールがあった。 |
「夕方、外に出てみたら、信号、働いてるよ!」 |
息子は「やったーやったー」と大喜び。 |
それ以来、三味線の後は必ず、ほかの時もその交差点を通るルートがリクエストされる。 |
例えば、スーパーはヴァローレに行けとか(笑) |
新しい信号って・・・すごいなぁ・・・ |
2007年3月27日・・・・ |
セカンドストリートに行った。 |
リサイクルの持ち込みをするために。 |
使用済みだがまだ綺麗な電気ポット、未使用のバックやウエストポーチ、メーカーものの服、子供服、靴など。 |
番号札をもらって査定の間、古着を物色。 |
昨年、Gジャンが欲しかったのに爽健美茶の懸賞で当たらなかったのを思い出した(笑) |
Gジャンのコーナーはなんと280円。 |
ユニクロのはうなずける気がするし、着てみたがイマイチ。 |
隣になんと「ヨシエイナバ」のGジャンがあって着てみてかなり気に入った。 |
買おうかな・・・・・ |
ナイスクラップのブルーの花柄のカットソーワンピースも280円。 |
息子は、新幹線のおもちゃを欲しがる。これも280円。 |
・・・・・・買うことにした。 |
さて、番号を呼ばれて受付に行ったら、査定された分はなんと640円だった。 |
何でも、電気ポットは未使用品でないと駄目らしい。 |
640円をもらって、840円の・・消費税も払った。 |
赤字だ(笑) |
だけど、何だか充実感を得て、帰宅したのだった。 |
2007年3月26日・・・・ |
午前9時42分頃、地震があった。 |
私は実家にいた。 |
朝食を済ませてぼーっとしていて、片付けていない布団にまた潜り込んでいた。 |
まず、グラグラとたてに揺れた。 |
電気のかさがぐらんぐらんしている。 |
布団の中で仰向けに寝ている体勢の私は、背中の下のもっと奥から動いている何かを感じた。 |
次にしつこく横に揺れた。 |
地面が怒っているような感じがした。 |
心の中で「どうどう」と言っていた。 |
「どうどう」と言っても、簡単になだめられる相手ではない。 |
揺れが静まってから、娘と息子、両親のいる隣の部屋に行った。 |
そして、みんなでTVのニュースを見た。 |
母が60年前の福井大地震の話をしてくれた。 |
ここは富山県だから福井から離れているけど、揺れは大きかったらしい。 |
当時小学生だった母は、放課後陸上の練習をしていて、突然、グランドが波打ったという。 |
先生の指示で砂場に逃げたらしい。たぶん、砂はクッションになるのだろう。 |
単純に私は、母が生きていてすごい!と思った。 |
2007年3月25日・・・・ |
春休みが始まった。 |
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思い立って、金沢の友人に会いに行った。 |
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たくさんの食べ物を買い込んで。 |
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半年に一度くらいしか会えない友達。 |
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話をあたまの中でまとめておく。 |
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お互い、異なった環境に生活していても、再会して話し出すと・・・ |
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内容が、だぶってくるから不思議。 |
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お互いが、自分の環境を話しているのに、 |
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交互に話しても、最後は同じ結論と感想になる。 |
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どこにでもある話ということか? |
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どこにでも、おかしなひとはいるということか? |
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面白い。 |
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2007年3月23日・・・・ |
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小学校の卒業式と幼稚園の修了式。 |
今週は大きな行事がふたつもあった。 |
どちらも寒い日になった。 |
紺のサテンのワンピースを着るはずだったけど、それだと網タイツをはく予定だった。 |
網タイツは風が通って意外にすーすーと涼しい。 |
寒いから。 |
それだけの理由で黒のフォーマルを着ることにした。 |
黒の厚手タイツをはけるからだ。 |
実際、フォーマルの方は多かった。 |
皆さん、ピンクや白の華やかなコサージュをつけておられた。 |
私のは、キャンドゥで買った、茶色い花のコサージュ。 |
言わなければ、わからない。 |
黒のフォーマルに100円コサージュ。 |
だけど、堂々としていれば、わからない。 |
これどうせ100円だし・・という気持ちを持って背中を丸めて歩くとバレる様な気がする。 |
身に着けてはいけないものは劣等感。 |
2007年3月22日・・・・ |
無印良品。 |
ネットの口コミランキングで1位の化粧水を買ってみた。 |
無印の敏感肌用580円。しっとりとさっぱりがあるが私はさっぱりを買った。 |
シンプルなボトルにこのお値段。香りもほとんどなくバシャバシャ使えていい感じ。 |
たまに無印を覗くと食品関係も思わず見てしまう。 |
小分け袋のグミやクッキー、チョコレート、おせんべいが並んでいる。 |
珈琲も紅茶も中国茶もいろいろ揃っているし。 |
無印のパッケージは奇をてらったデザインではなく統一されているので安心感がある。 |
透明な袋に、白地にえんじのライン、ゴシック体の文字。そのせいか・・?? |
無印のかごを持ったら最後、中に「ひとつだけ」と決めて入れることができなくなる。 |
最初は「敏感肌用化粧水1本だけ」買うつもりだったのに。 |
人気商品と書いたカードが目を引いた、ドライいちごにホワイトチョコレートをかけた「チョコかけいちご」を |
少し割引になっていた、「いかみりん」せんべいを |
なんだこれ?コアラの形の「天然酵母入りのコアラパン」を |
バームクーヘン種類もいろいろ、レモンのアイシングがかかった「レモンバウム」を |
かごに放り込んだ。 |
しかも、買いすぎても何だか「いいじゃない?無印なんだもーん」と思わせてしまう何かがある無印良品。 |
無印って何だか善人のイメージがある。だからなのか???? |
2007年3月19日・・・・ |
三味線教室の子供達に毎年バレンタインチョコレートを下さる方がいる。 |
娘が一昨年、子供歌舞伎に出てからご縁がある、浄瑠璃を語られる大学教授のH先生だ。 |
今年もたくさん頂いたので、ホワイトデーにH宅へお返しを持っていった。 |
娘と一緒にトリュフをこしらえたのだ。 |
3月14日夕方。娘と息子と三人でH宅まで歩いていった。 |
H宅は玄関は開いているのに、誰もいなかった。 |
置物なのか実用なのか、昔見た黒電話が下駄箱の上にあった。 |
私はその黒電話の前に、トリュフの包みとカードを添えて置いて帰ってきた。 |
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娘と「H先生、食べたかな?」なんて話していたら・・・・ |
今日、午後出掛けようとしたら玄関の階段下に何か紙が置いてある。 |
何だろう? |
一枚目は便箋でもなくメモでもない紙に筆でこう書いてあった。 |
「やっぱり、手造りのチョコは一味違う、「うまい」」 |
二枚目の紙は、何故か、阪神タイガースの応援歌が書いてあった(印刷物) |
そういえば、H先生は阪神タイガースのファンだったっけ。 |
私は |
H先生こそ、一味違う、と思ったのだった(笑) |
2007年3月17日・・・・ |
砺波市少年少女発明教室。 |
抽選に受かり、昨年の3月から1年間、月2回娘が通っていた。 |
指導者はO先生。笑顔の優しいお爺ちゃん。 |
昨年の夏も先生のお宅に通って、「発明とくふう展」に出す作品を一生懸命作った。 |
先生のお宅は散居村で、納屋や車庫がいくつもあった。 |
風が通る納屋のベンチに腰掛けて、娘は木を切ったり先生のアイデアを聞いたりむずかしいところは手伝ってもらったり。 |
納屋の窓からは青々とした田んぼが見えた。 |
お昼はお弁当を持たせたが、必ず先生の奥様がお味噌汁を作ってくださった。 |
夏休み明け、無事に作品もできて、賞はもらえなかったけど「発明とくふう展」の富山市の会場に出品することができた。 |
月2回の教室がある日、私はお迎えのついでにいつも教室を覗いた。 |
20人近くの小学生が、先生の話を静かに聞いている。 |
先生は威圧的でもないし大きな声を出すわけでもなく、静かにニコニコと話している。 |
なのに、普通ならうるさくなりそうな子供達がどうしてこんなにお行儀が良いのだろう?ちょっとびっくりした。 |
子供達なりに、先生を尊敬しているのだと思った。人格を理解しているのだと思った。 |
自分の親だったり、担任だったり、親戚、近所の大人、祖父母など普段囲まれている大人のほかに、 |
子供達には、O先生のような方との出会いがとても貴重で豊かなものなのではないだろうか?そう思った。 |
しかし、1月に先生が入院されて、一時教室は中断された。 |
娘がお見舞いのはがきを書いたら、綺麗な字で病室からお返事が届いた。肺炎で点滴生活だけれど頑張っています、と。 |
しかし、2月に先生は永眠されてしまった。悲しかった。 |
3月、先週、閉講式が市役所の職員さんによって行われた。 |
私も子供達の中に入って椅子に座った。そして、みんなと一緒に「O先生への手紙」を書いた。 |
この実習室に先生がまだいるような気がして、真剣に手紙を書いた。 |
書き足りなくて、用紙をもう一枚ください、と職員の方に言ったらびっくりされた。 |
だけど、あれだけ子供達に平等に愛情と笑顔を分け与えた素晴らしい先生の事を簡単に忘れるわけにはいかない。 |
私が思っている気持ち、強い思いは伝えないといけないと思う。 |
それが、もう亡くなってしまった人に対してだとしても・・・ |
2007年3月15日・・木曜日・・・・・ |
しそわかめふりかけ。 |
これは砺波ジャスコにあるキャンドゥで見つけた。 |
ソフトふりかけというのは丸美屋からも数々でているが、ちりめん山椒以外は私はあんまり買わない。 |
何故なら、かなり味が濃いめだから。 |
このしそわかめは、島根県の魚の屋というローカルな会社のもの。 |
炊きたてのご飯にかけるとわかめの塩気がちょうど良い。 |
しその香りと鮭の分量バランスもいい感じ。 |
他にも「めんたいこ」とかあったなぁ。 |
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気にいったふりかけがあるというのは幸せなこと。 |
それも100均でめぐりあうなんて。 |
小さな土鍋でご飯を炊く。 |
ガス火の強火7分弱火7分むらし7分。 |
今日はホワイトデーにシフォンを焼いたので、卵黄がひとつ余った。 |
むらし7分の前に土鍋のふたをあけて、卵黄を落とす。 |
あつあつの炊きたてご飯の真ん中に固まった目玉がひとつ。 |
そこに、しそふりかけをかけて食べたら・・たまらない。 |
幸せはこんな近くに・・あなたの街のキャンドゥにあるかも(笑) |
2007年3月14日・・・・ |
三味線を習っている子供の付き添いをしています。 |
何故かと言うと下はまだ幼稚園児でたよりないから。 |
しかし、最近は隣の部屋で待機して見学に徹するようにしています。 |
半年でおじぎと正座と三味線を袋から出すことができました。 |
そのような程度です。 |
三味線をまた袋におさめて片付ける時には高いところにしまうので私が必要です。 |
手も指も小さいので、指にはめる指すりは先生の手編み、バチも持てないので先生手作りのつめを持って弾きます。 |
何人かの生徒さんは小学生。 |
私も一緒にご挨拶をして、練習に入ります。 |
いくら本人から三味線をやりたいといったとはいえ、結局気が散って寝ころがったりする我が息子。 |
先生に注意と愛情を受けながらなんとか今まで軌道修正してきました。 |
私も最初は正直言って1時間の子守りともいえる時間に疲労感を感じました。 |
しかし、最近、練習の三味線の音に非常に敏感になってきたのです。 |
3つの糸で弾かれる三味線の音が・・心地よいのです。 |
そして、子供達の気持ちが音になって現れているのがわかります。 |
あせりや疲労、いらつきがすべて音になって私の耳にも届きます。 |
先生は当然そんなことお分かりのようで、鋭い指摘、ご指導がすぐに飛びます。 |
迷いのない、安定した音になるまでにはかなり時間がかかるんだろうな・・ |
2007年3月12日・・・・ |
このサイト、「ジャンクスタイル&チープが大好き」をたちあげてもう丸5年になります。 |
砺波で自宅サロンを始めてからは丸2年・・・はやいものです。 |
お料理好きで人と接することが好きな私は、結婚してから人を招くことが大好きで、結果、 |
自宅サロンを始めました。 |
予約の日は、朝息子を幼稚園に送っていき、だいたい9時半から準備を始めます。 |
メニューがパンの日は9時過ぎから生地をコネ始め、一次発酵の40分の間に、掃除などをします。 |
冬だったら、薪ストーブに火を入れて、夏だったら、洗濯物をすばやく外に干します。 |
お料理の下ごしらえをしたら、11時にはテーブルをととのえ、玄関にアロマオイルを炊きます。 |
11時半には、パンが焼けています。 |
たまに、自分なり・・・にすごく手際が良くて、時間が余ることがあります。 |
11時半にお客様がいらっしゃいますが、11時20分頃、5分ほどちょっと暇な時間ができるのです。 |
私はそんなとき、鏡の前で油とり紙を顔にあてて口紅を引き直し、おなかが空きすぎていたら、 |
棚からおせんべいを1枚出してかじります。その時間が最初の至福の時間になります。 |
もちろん、お客様との語らいも楽しいひとときです。 |
でも、お客様が帰られて、幼稚園に息子をお迎えにいき、帰ってから、ゆっくりとお皿を洗っている時間。 |
これがまた至福のひとときになります。これだけ、楽しめていいのかしら?と思うぐらいです。 |
なので、自宅サロンをやっていて、来てくださる方に感謝しています。 |
メニューを考えるのがスランプな時もあります。 |
自分の作ったものにすごく自信がなくなることもあります。 |
だけど、お客様をもてなす気持ちはすごくシンプルで、 |
私の中の基本はそれだけだなって思う時、 |
またお料理を作ろう、って元気になります。 |
2007年3月11日・・日曜日・・・ |
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